はい、前田です( ˙ᢦ˙ )౨ 

今日は2026年3月11日です。

 

2011年の同日、東日本大震災がありました。

 

当時、20歳の僕は屋根上で小さな地震を感じて慌てて屋根から降りて、ニュースをみました。 津波のVTRをみて、ほんとに今この日本で起こっていることなのか、、と凄く驚いていました。

 

もうあれから15年間も経つんですね。。

 

屋根仕事をしていると、災害のニュースは他人事ではなく、結構仕事に関わってきます。

 

台風でいえば、2018年の台風21号では、自分の実家の屋根がまるごと飛び、国道一号線を一時的に屋根が道を塞いでいました。

 

それから、知人、役所や色々な所からブルーシートをしてほしいと連絡が、、

 

当時は充分に対応できたか、不安が残るところですが、それでも毎日夜遅くまでブルーシート、帰社したら明方まで見積もり。

 

それは2ヶ月程、そんな毎日でした。

 

次はもちろん修理に追われました。

 

工程を読むのも、なるべく詰めて詰めて、、

 

時にはお客様に「まだか?まだか?」とお怒りの言葉も頂きながら、頑張っておりました。

 

それはそうですよね、自分の家の屋根がいつまでも治らなかったら不安で仕方ないと思います。

 

 

当時の作業風景

 

人生で1番頑張ったかもしれない1年間でした(顔面麻痺を患ったのも良い思い出)

  

2019年の千葉の台風19号。

 

はじめは知人の応援から呼ばれ、途中で拠点を構え、復興作業をしていました。

 

やはり同じ現象で、職人さんがいない。

 

特に屋根屋さん人口は、2010年で3万以下だから、今はもっと少ないかも。下手すると半分くらいかも。

 

ほんとに1年待ち、2年待ちという現象がおこります。

 

特に日本は瓦屋根が多いから、基本的に災害に弱い構造なんでしょうね。

 

というより、瓦屋根にメンテナンスや備えが必要と言うのを知らなかったりもするのかな。

 

地域にもよりますが、瓦って、土、釘や木が劣化して、ほんとただ屋根に乗ってるだけって感じです。ほとんどのお家の瓦は片手でとれます。

 

災害が来た時の為に、なんにもなくてもメンテナンスはおすすめしたいです。

 

余談ですが大阪、千葉と現地でみていて、最も被害が少なかった屋根はスーパーガルテクト等の横葺き板金でした。

 

1枚1枚繋がってる為、かなり風に強い構造だと思います。僕がおすすめしたい1番の屋根材です( ˙ᢦ˙ )౨

 

そして1番記憶に新しいのは能登大震災。

 

年明けと共に地震が起きて、はじめて能登に向かったのはその1週間後くらい。

 

何か役にたつことがあるかな、と弟と二人で向かいました。が、当時はまだ道が道でない状態で、近くまで視察にしました。そこでも相当酷い被害でした。

 

それから3月に。

 

被災地避難場所で工事をしていました。

 

1番初めは珠洲市。

 

街並みはほぼ全ての建物が倒壊しており、衝撃を受けました。水はもちろんずっと断水状態。公民館?みたいなところに泊まり込み、工事に携わっておりました。

 

地震当初は、道側にも瓦礫があったとの事。

 

その後も能登の色んな地域に避難所の工事で巡りました。

 

めちゃくちゃ綺麗な能登の海。

 

公共工事の後は、地元の会社と連携し、屋根工事を手伝っておりました。

 

同年に大雨特別警報があり、川の氾濫もありました。輪島の現地にいたので、今でも記憶に残っています。死を覚悟させられるような猛烈な雨でした。

 

冬になれば、毎日のように雪。

 

そんな過酷な環境でも能登は復興に向けて、明るく前向きに頑張っていました。むしろ、こちら側が力を頂けたなぁ、と今でも思います。

 

約1年間ではありますが、能登の復興に関わらして頂き、色々考えさせて頂いた1年となりました。(地元の業者には最後未入金されて少し悲しい笑)

 

また能登にいってみたいなあ。っ思ったり。

 

 

日本は災害大国。その中で自分のスキルが少しでも役に立てて、本当に良かったです。

 

毎日ありがとうと言って飲み物や弁当を頂ける施主様や、他県から来てる車ってだけで警察を呼ばれたり、色々ありました。

 

今後もこのような経験を活かし、また誰かの役にたてればいいな、と思う今日でした。

 

能登時代の写真とかはInstagramのストーリーとかにもう少し貼っているので、置いときます(^^)

 

https://www.instagram.com/m.atushi25

 

最後になりましたが、被災された方々に哀悼の意を表すと共に、
ご遺族の皆様にお悔やみ申し上げます。